痛みは神経と筋肉の連携を変える
筋肉は神経によってコントロールされています。
無意識に姿勢を保つ働きから、歩く、しゃがむ、物を持ち上げるといった動作まで、人間の運動は神経と筋肉の緻密な連携によって成り立っています。
そこに痛みが現れると、身体は痛む場所を守ろうとします。
痛みが出る筋肉の活動を抑えたり、周囲の筋肉を強く働かせたり、関節の動きを小さくしたりして、痛みを回避しようとするのです。
これは身体を守るために必要な反応です。
しかし、その状態が長く続くと、必要以上に身体を固めたり、本来使いたい筋肉をうまく使えなくなったりすることがあります。
今回は、痛みによって神経と筋肉の連携がどのように変わるのかを見ていきましょう。
痛みによって筋活動はどう変わるのか
痛みが起こったときの筋活動は、単純にすべて弱くなるわけではありません。
ある筋肉の活動は低下し、別の筋肉の活動は高くなることがあります。
また、同じ人でも動作によって反応が変わります。
たとえば、
- 痛む関節を動かす筋肉の活動を抑える
- 関節周辺の筋肉を同時に収縮させる
- 動作の速度を落とす
- 関節の動く範囲を小さくする
- 痛む場所とは別の関節で動きを補う
といった変化が起こります。
身体は、痛みが出にくい方法へ動作を組み替えているのです。
その方法によって一時的には痛む場所を守れます。
しかし、同じ動作が続けば、特定の筋肉に疲労や負担が集中し、動きにくさが残ることもあります。
膝関節痛の場合
膝の痛みや腫れがあると、膝を伸ばす大腿四頭筋に力を入れにくくなることがあります。
これは単なる筋力不足ではありません。
関節から神経へ入る情報が変化し、筋肉へ十分な指令を送りにくくなるために起こります。
このような反応を関節原性筋抑制と呼びます。
特に膝のケガや手術後では、大腿四頭筋を収縮させようとしても、十分に力を発揮できないことがあります。
さらに階段やスクワットでは、痛い側の膝へ体重をかけることを避け、
- 反対側の脚へ体重を移す
- 体幹を大きく傾ける
- 膝をあまり曲げない
- 股関節や足関節で動きを補う
といった変化がみられることがあります。
この状態で大腿四頭筋を鍛えるだけでは、実際の動作で痛い側の脚を使えるようにならないことがあります。
筋力を回復させるとともに、立つ、しゃがむ、階段を上るといった動作のなかで、少しずつ患側へ荷重していくことが必要です。
腰痛の場合
腰痛がある人では、多裂筋などの体幹筋群の活動に変化がみられることがあります。
一方で、腰を守ろうとして脊柱起立筋や腹筋群を強く同時収縮させ、体幹全体を固める人もいます。
つまり腰痛では、
- 必要な筋肉の活動が遅れる
- 一部の筋肉の活動が低下する
- 別の筋肉が過剰に働く
- 体幹を必要以上に固める
- 動作によって筋活動の仕方が変わる
といったさまざまな反応が起こります。
現在では、腰痛患者には全員同じ神経筋パターンが起こるのではなく、動作や人によって異なる適応が起こると考えられています。
腰の筋肉が硬いから緩める。
多裂筋が弱いから鍛える。
それだけでは十分ではないことがあります。
どの動作で身体を固め、どの場面で腰をうまく支えられないのかを見る必要があります。
痛みと疼痛回避行動
人は痛みを感じると、その痛みを避ける動作を選びます。
たとえば腰痛であれば、
- 腰を曲げないようにする
- 常にお腹へ強く力を入れる
- ゆっくり慎重にしか動かない
- 左右どちらかへ体重を逃がす
- 痛みが出そうな動作を行わなくなる
といった行動です。
急性期には、このような動作が患部を守ることに役立ちます。
しかし、痛みが落ち着いた後にも続けば、本来行えるはずの動作まで避けるようになります。
すると、身体を動かす機会が減り、筋力や持久力も低下していきます。
また、
「腰を曲げると壊れる」
「痛い側の脚に体重をかけてはいけない」
といった不安が強くなり、さらに動作が制限されることもあります。
痛みと動作は、互いに影響しながら変化していくのです。
問題となっている筋肉をどう考えるか
痛みがある人に対して、弱い筋肉と硬い筋肉を探すことは、運動を考えるためのひとつの手がかりになります。
ただし、
- 活動が低下している筋肉
- 過剰に働いている筋肉
- 疲れやすくなっている筋肉
- 動作の代償として使われている筋肉
を分けて考える必要があります。
活動が低下している筋肉には、その筋肉を感じやすい軽い運動が役立つことがあります。
過剰に働いている筋肉には、力を抜く練習や、別の筋肉を使う動作が必要になることがあります。
しかし、最終的には個々の筋肉だけではなく、実際の動作へ戻していきます。
たとえば大殿筋を単独で収縮できても、階段で患側へ体重をかけられなければ、日常動作は改善しません。
腹部へ力を入れられても、スクワットのたびに呼吸を止めて身体を固めていれば、動作の改善にはつながりにくくなります。
筋肉を働かせることと、その筋肉を動作のなかで使えることは別です。
パーソナルトレーニングではどう対応する?
まず確認したいのは、痛む場所だけではありません。
- どの動作で痛みが出るのか
- 痛みが出る前後で動作がどう変わるのか
- 左右どちらへ体重を移しているのか
- 身体を過剰に固めていないか
- 動作の速度や範囲を変えるとどうなるか
- 補助を加えると痛みや不安が減るか
を見ていきます。
そのうえで、痛みが大きく増えない条件を探します。
たとえばスクワットで痛む場合には、
- 深さを浅くする
- 足幅を変える
- 椅子を使う
- 手で支える
- 動作をゆっくり行う
- 荷重する位置を変える
といった調整を行います。
動作を変えることで痛みが軽減し、本人が動きやすいと感じるのであれば、その方法から練習を始めます。
動作を再学習する
動作を再学習するときには、最初から大きな負荷をかける必要はありません。
まずは、
- 痛みをコントロールできる
- 動作を本人が理解できる
- 必要な筋肉を感じられる
- 不必要な力みを減らせる
- 同じ動作を繰り返しても崩れない
程度の負荷から始めます。
ゆっくりした動作は、身体の使い方を確認するために役立ちます。
ただし、いつまでもゆっくり動くだけでは、日常生活やスポーツには戻れません。
動作が安定してきたら、
- 動く範囲を広げる
- 回数を増やす
- 負荷を加える
- 動作速度を上げる
- 左右非対称の動きを加える
- 日常生活やスポーツに近づける
というように進めます。
大切なのは、正しい動作を何度も繰り返すことだけではありません。
さまざまな条件のなかでも、痛みを過度に恐れずに動けるようになることです。
痛みと動作を分けて考える
トレーニングでは、痛みと動作を分けて考えることも大切です。
痛みが軽くなったからといって、動作が元に戻っているとは限りません。
反対に、多少の痛みが残っていても、歩ける距離や持てる重量が増え、日常生活が楽になっていることもあります。
痛みに対しては、
- 無理に悪化させない
- 活動量を維持する
- 睡眠や疲労にも目を向ける
- 運動後の反応を確認する
といった対応を行います。
動作に対しては、
- 使いにくくなった筋肉を働かせる
- 過剰な力みを減らす
- 荷重や重心移動を練習する
- 実際に必要な動作へ戻す
といった対応を行います。
この2つを並行して進めていきます。
EIHをどう考えるか
運動後に一時的に痛みを感じにくくなる現象を、EIH・運動誘発性鎮痛と呼びます。
有酸素運動や筋力トレーニングによって、この反応が起こることがあります。
ただし、すべての人に同じ鎮痛反応が起こるわけではありません。
慢性疼痛がある人では、運動後に痛みが変わらない場合や、一時的に強くなる場合もあります。
そのため、
「EIHを起こすためにこの運動を行う」
と決めるよりも、
- 本人が続けやすい
- 運動後に大きく悪化しない
- 気分や身体の動かしやすさが改善する
- 少しずつ活動量を増やせる
運動を選びます。
ウォーキング、自転車運動、軽い筋力トレーニングなどから始めてもよいでしょう。
鎮痛が起これば、それを利用して動作練習を行えます。
鎮痛が起こらなくても、体力や動作能力を高められるのであれば、運動を行う意味はあります。
まとめ
痛みが起こると、身体は患部を守るために筋活動や動作を変化させます。
ある筋肉の活動を抑え、別の筋肉を強く働かせ、関節の動きを小さくすることで、痛みを避けようとします。
この反応は、身体を守るために必要なものです。
しかし、その状態が長く続けば、必要以上の力みや、使いにくくなった筋肉、偏った動作が残ることがあります。
そこでトレーナーは、
- 痛みが出る動作を確認する
- 筋活動や荷重の偏りを見る
- 痛みが軽くなる動作条件を探す
- 低負荷で動作を再学習する
- 回数、負荷、速度を段階的に高める
- 日常生活やスポーツの動作へ戻す
といったアプローチを行います。
痛い筋肉を緩め、弱い筋肉を鍛えるだけでなく、神経と筋肉が連携して行う動作そのものを取り戻していく。
痛みを軽減することと、動ける身体をつくること。
この2つを並行して考えていきましょう。



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