身体研究家のなかしま (@Re2054)です。
今日から基礎知識の学びについてお話していきます。
ここでは解剖学・生理学・運動学に設定していますが、トレーナーの専門学校にしてもリハビリ職の専門学校にしても大抵ここから始まります。
カンタンに言えば、
- 身体のこと
- 身体のなかで起きていること
- 身体内外の運動のこと
がこれらの請け負うところです。
前回まだ読んでいない方はコチラから
ということで、まず今回は解剖学についてお話していきましょう。
解剖学
解剖学を独学で進めていく場合に重要視したいのが、形状から読み解いていくという姿勢です。
- なぜその形をしているのか
- なぜそこに付いているのか
- 現実に起こる運動(とその制限)はどこに由来するのか
などを紐解いていくことが大切です。
ただいきなりその大切さを述べても仕方がありません。
独学のためには興味を持つのが良いですから、解剖の歴史を少し振り返ってみると面白いかもしれません。
解剖学の歴史
現代の解剖学は16世紀の解剖学者ヴェサリウスから端を発するものですが、それまではガレノスという医学者の解剖学が支配的でした。
ガレノスの解剖学は当時の時代背景もあって人体ではなく犬や猿、山羊などの解剖に基づいていました。
ところがこれが人体解剖によるものだと信じられてきたこと、そしてガレノスがあまりに偉大であったために、2世紀頃から16世紀頃までガレノスの学説が有力視されていたわけです。
それに「どうも違うのでは」と指摘したのがヴェサリウスで、今我々が学んでいる解剖学もベースはヴェサリウスのものです。
指摘する人もいたのかもしれませんが当時は医者と執刀医は別にいたため、なかなか難しかったようです。
そのヴェサリウスが解剖学書『ファブリカ』を出したのが1543年。
500年近く前とは思えないほど精巧に書かれてますね。
この精巧さ故に、以降ヴェサリウスの解剖学が重要な地位を占めるようになったわけです。
ですがヴェサリウスと同じイタリアで、ヴェサリウスより30年以上前にもっと精巧に解剖図を描き上げた人がいます。
レオナルド・ダ・ヴィンチです。
レオナルド・ダ・ヴィンチと解剖学
ダ・ヴィンチが解剖学を学んでいたことは有名です。
イタリアのパドヴァ大学でマルカントニオ・デラトッレに師事しました。[1]
ちなみにヴェサリウスもパドヴァ大学で学んでいます。
ダ・ヴィンチはおよそ1485年から1515年まで解剖学に関する研究を進めたとされています。
いきなりなぜダ・ヴィンチかと言うと、彼が単に描くために解剖を学んだわけではないからです。
ダ・ヴィンチが解剖を学んだ理由のひとつに、「事物や動きの本性」に迫ろうとしていたのではないかと河本は言います。[2]
『現実のなかの意味を捉えて変形を加えて、人間と環境との新たな接点を作り出す、新たな知能を作り出す』
というのがダ・ヴィンチが生涯行っていた取り組みのようです
鳥の飛び方を鳥自身の記載はもちろんのこと、その風の立ち起こり方や巻き込み方まで事細かに記録し、それは空飛ぶ機械の構想まで結びつくわけです。
そう考えると、ただ単に対象物を眺めるだけではその見え方にはなりません。
たとえば、木の枝に止まる鳥をみてそこに佇むと見るかその後飛び立つものと見るかでは印象が変わります。
静止画の鳥は動くことはありませんが、
現実の鳥が絵に映し出されるなら、次に飛ぶ予感すらも描く必要があります。
つまりダ・ヴィンチは、
「動きを知るにはその構造や形状からも意味を読み取ること」
が大切だと感じていたわけですね。
トレーナーは人間の体と動きの双方を理解しなければなりません。
ダヴィンチと同じようにトレーナーもこの解剖学を
『ただの地図として読むのではなく動きの予感まで読み取っていく必要がある』
ということです。
我々もなるべくそのようにして解剖学を見ていきましょう。
今回は内容ではなく、どのように見ていくかを学んでいきましょう。
起始停止
まず大前提として、筋肉は力発揮の際には基本的に起始から停止に向かって作動するという仕組みです。
あとは関節軸と付着位置、その他の筋肉、関節構造などとの関係性によって骨がどう動くかが決まります。
つまりこれらの理解なくして筋の作用の理解もありません。
ですが僕としては筋の作用をただ地図のように暗記しているだけの人が多い印象。
ただ同じ作用を持っている筋群でもそのニュアンスは少しずつ違ってくるわけです。
動きの違いを見てみる
たとえばこの画像。
『プロメテウス解剖学 アトラス』での分類ではいずれも肘関節の屈筋ですね。
停止はそれぞれ上腕筋が尺骨、二頭筋と腕橈骨筋が橈骨。
上腕骨と連続している骨は尺骨ですから、上腕筋は純粋な肘関節の屈筋だと言えます。
前腕が回内しても回外しても尺骨の位置は変わりませんので、そのため
前腕が回内・回外・中立位どの肢位でも純粋に屈曲に関わる筋肉
になりますね。
いつでも働くことからWorkhorse muscle(馬車馬の筋)とも呼ばれます
反対に上腕二頭筋や腕橈骨筋は前腕が回外位、中間位でもっとも効率が良くなるので、鍛え方も違いが出るわけですね。
このようにして起始停止を見ていくと、その微妙なニュアンスの違いが分かってきます。
このニュアンスの違いに動きの予感が含まれているものです。
筋肉の形を見てみる
次に以下の胸鎖乳突筋を見てみましょう。
胸鎖乳突筋は文字通り、胸骨・鎖骨から乳様突起へと付着する筋です。
『プロメテウス解剖学 アトラス』によると両側性に収縮で頭部を伸展すると書いてあります。
実際には上位頚椎の伸展と下位頚椎の屈曲にも働きます。
左は正常姿勢に対して、右は猫背(不良姿勢)です。
この姿勢のとき筋肉の形は変わらないものの不良姿勢では、筋肉が頭の位置を更に悪くする方向へ引っ張ってしまいます。
さらに上位頚椎の伸展作用があるため、頭は前方に突出して顎が上がる格好になりますね。
- 正常姿勢では胸鎖乳突筋は頭を直立させるのに役立つ
- 不良姿勢では胸鎖乳突筋が頭をもっと前に引っ張ってしまう
このように筋肉は短縮していなくても一定の張力を持つのでそこにあるというだけで何らかの意味を持つわけです。
そして骨が位置を変えると筋肉の持つ意味も変わってきますので、動きを頭に入れながら見ていくと良いでしょう。
筋の場所をただ覚えるのではなく「その位置にあることがどんな意味をなすのか」を考えることが大切。
複数の筋肉の連携
このように複数の筋肉が連携する場合もあります。
これらの筋肉群は頭を垂直に維持する働きをもっています。
こうした筋群もたくさんありますので、独学していきましょう。
骨構造
骨はただ体を支えたり、筋肉の付着部になっているわけではありませんよね。
可動域の最終域を決定したり、運動の軌道を規定します。
骨と関節構造をみてみる
次の胸椎と腰椎の画像を見てみましょう。
矢印が示す赤い線は椎間関節の関節面です。
- 上位胸椎の関節面は斜め
- 胸椎下位に進むにつれて縦になる
- 腰椎の関節面は一貫して縦
トレーナーは口々に「腰は回旋する能力を持っておらず胸椎や股関節が担っている」と言いますが、その理由のひとつはこの関節面にあります。
関節面が縦になっている以上、水平面上の動きがほとんど出ないというわけですね。
骨構造を見ていくと、主に関節可動域の正常な範囲での制限や最終域がどのように決定されているかが分かります
動きの多い部分に骨の特徴がでやすい
膝蓋骨は外側に移動しやすい傾向にあります。
大腿骨の膝蓋骨との関節面には傾斜があってそれ以上動かないようにしています。
こうした特徴は特に動きやすい部位や動きの多い部位に見られます。
ただあまり動いてしまう部位にはそれを妨げないようにしながら保護するメカニズムが備わっています。
関節唇や靭帯の位置などにも目を向けていくと良いでしょう。
解剖学に興味を持っていきましょう
このようにただ地図を眺めるように解剖学をみるのではなく、その形や位置の意味に興味をもってそれを読み取りながら学習していくことが大切。
「それを知ったところで」と思う人もいるかもしれませんが、基礎というのは土台を固める作業であって、ここから応用させたり発展させるものです。
もちろん解剖図だけから読み取るのはなかなか難しいですから、絵ではなくテキストにしっかり目を通したり、運動学といった他分野まで目を通していきましょう。
起始停止や作用を暗記するのも良いですが、たとえば日本地図を見て位置と県庁所在地だけ覚えるよりも、その土地や周辺の形から気候条件や特産物、人や交通網の発達を覚えていったほうが学びとしては楽しく有益ですよね。
地理学を学んだ人は地図で、解剖学を学んだ人は解剖図でこれをやるってことですね。
今回は解剖学をどう学んでいくかをお話ししてきました。
次回は生理学についてお話していきます。
この記事に関するコメント・質問はTwitter(@Re2054)にて受け付けています。
オススメの解剖学図書
- 各筋肉や関節を網羅しているわけではありませんが、「そこにある意味」について解説してくれている本です。
- 細部までイラストで表現してくれるとともに十分なテキストを添えてくれます。
- イラストとテキストが豊富な上に電子版も付属しています。
参考図書を読む
参考図書
小川鼎三 著『医学の歴史』 中央公論新社(1984)
河本英夫 著 『ダ・ヴィンチ・システム:来たるべき自然知能のメチエ』学芸みらい社(2022)
坂井建雄 著『プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第3版』医学書院(2016)
Donald A. Neumann著 嶋田智明・有馬慶美監訳『筋骨格系のキネシオロジー第2版』医歯薬出版(2005)
コメント